「暁天坐禅会vol.195」(静岡市) | 宗教法人 一乗寺

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  • 第195回 月例坐禅会(参加者:13名)
    朝からしとしとと雨が降り続き、境内の草木もどこか嬉しそうに見える朝となりました☔
    本日も初参加の方もあり、お足元の悪い中、ご参加くださいました皆さまに心より感謝申し上げます。🌱
    坐禅後の法話では、「雨」にまつわる禅の言葉をご紹介いたしました。
    "一夜落花の雨、満城流水香”
    (いちやらっかのあめ まんじょう りゅうすい かんばし)
    一夜の雨によって城の花は散ってしまうけれど、その香りは川の流れとともに国じゅうへ広がっていく——。
    良いものは一旦散り落とされたとしても、次第に周りに広がっていくもの。
    一見すると残念な出来事のように見えても、その中には新たな意味やご縁が生まれている。
    そんな見方を教えてくれる言葉です。
    私たちはつい、
    「雨で予定が変わってしまった」
    「濡れてしまうから嫌だな」
    と、雨をマイナスに捉えてしまうことがあります。
    しかし一方で、畑や草木にとっては恵みの雨でもあります。
    同じ出来事でも、見る角度によって景色は大きく変わるのかもしれません。🌿
    ちょうど昨日、一乗寺本堂ではドキュメンタリー映画『大地の再生レポート』の上映会を開催いたしました。
    自然との向き合い方や、災害を未然に防ぐための知恵について、多くの学びをいただく機会となりました。
    私自身、令和4年台風15号の際、お寺の裏山から大量の土砂が流入する被害を経験しました。
    あの時は、水によって大きな被害を受けました。
    しかし、その直後には地域一帯が一週間断水となり、今度はその水を求めて右往左往することになりました。
    憎かったはずの水が、
    今度はなくてはならない存在になる。
    その経験を通して、
    出来事そのものよりも、
    それをどう受け止めるかによって、
    世界の見え方は大きく変わるのだということを教えられました。🌱
    これは自然災害だけではなく、
    病気や老い、
    人との別れ、
    思い通りにならない出来事にも通じるように思います。
    本日お唱えした『修証義』の冒頭には、
    「生をあきらめ、死をあきらむるは仏家一大事の因縁なり」
    という言葉があります。
    生きること。
    老いること。
    病むこと。
    そして死ぬこと。
    私たちは避けることのできない現実と向き合いながら生きています。
    だからこそ、
    起こる出来事を完全に変えることはできなくても、
    その出来事と、
    どのような心で向き合うかは、
    私たち自身に委ねられているのかもしれません。☔
    忙しい毎日の中ではありますが、
    時には立ち止まり、
    自分の心の動きを見つめる。
    そんな時間も大切にしたいものです。
    雨の日には雨の日の学びがあり、
    晴れの日には晴れの日の学びがあります。
    雨音に耳を傾けながら、
    あらためてそんなことを感じた朝でした。
    一乗寺住職
    合掌

    ☀️次回の「月例坐禅会」
    日時:7月1日(水) 朝5時半〜
    場所:一乗寺 本堂(または坐禅堂)
    ※予約不要/参加無料
    ※足を組むのが不安な方は「イス坐禅」も可能です。
    初めての方も、どうぞお気軽にご参加ください。
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