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1日早朝、蝉も眠る時間から坐禅堂の扉を開け、参禅者をお待ちしておりますと…
一人また一人と門をくぐってこられ、あっという間に14名の方がお集まりになりました。
その内の御一方は初めて参加してくださった男性で、お仕事前のご多用にもかかわらずご来山されました。
道心に感服いたしますとともに、会場主としても大変励みになる次第です![]()
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さて、関東甲信は6月6日から梅雨入りして、本格的な雨の季節を迎えました。
ところが、梅雨入りした6日から月末までの降水量を調べると、平年よりも少ないというデータが報告されています。
気象庁は27日、関東甲信地方と東海地方、九州南部が「梅雨明けした」とみられると発表しました。
いずれも梅雨の期間は過去最短だということで、いわゆる「空梅雨」と言えそうです。
こうなると、すぐにやってくるのが「猛暑」と「ゲリラ豪雨」です。
すでに、6月末の時点で真夏日のような気温を観測しており前倒しで夏が来たようです。
私も体感として昼間は頭が焼けるような日もありますが、、早朝はまだ過ごしやすく静かに坐禅を組みました。
それでも坐禅をはじめた時刻からすると、解散する7時頃の気温はやや上がっているように感じました![]()
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坐禅後の茶話会でも、(高齢者の方が多いので)「節電も大事ですが、しんどい時はクーラーを使いましょう。」とお話ししました。
やはり、身体健全が第一です。
修行も、まず身体を万全にして臨むのが肝要であり、ましてや坐禅は苦しむための「苦行」ではありません。
当山では、現在「坐禅中は、マスクを外していただいても結構です。」とご案内しております。
これは身体を整え、呼吸に集中し、より自分の心とじっくり向き合うためです。
呼吸の際は、はじめ口から大きく息を吐いて、次に新しい空気を鼻から吸います。
この深い呼吸を2~3回続けて行い、安定しましたら通常の呼吸に戻します。
人間の身体は、よくできていて「鼻からの呼吸は、脳の冷却作用」の役割もあります。
脳は、約20Wの熱を産生すると言われています。それを毎分5リットルの血流によって放熱されているとされています。
なぜこのような人体機能があるかといえば、脳の温度が40・5℃を超えると、脳を構成するたんぱく質が変異してしまい機能障害を起こす可能性があるからです。
鼻腔の奥には、脳と繋がっている毛細血管がたくさん通っていて、鼻呼吸をして少しでも冷たい空気を通過させることによって、脳を冷やすことができます。
よく『口呼吸してはいけない』と言われるのは、鼻による脳の冷却がうまくできなくなるからです。
今夏も、新型コロナのためにマスクをつけたまま過ごす人が多くなるかと思います。
「マスクをしていると(温かい吐息を再び吸うことになり)、脳の冷却がうまくいかなくなる恐れがある」という事象を少し念頭に置き、
自然の中や人混み以外では、マスクを外して新鮮な空気を取り入れましょう。
深い呼吸のやり方を忘れてしまった方は、ぜひ坐禅をお勧めします![]()
《補足》
・私は、マスク反対!と声をあげているわけではありません。
例年に比べインフルエンザの発症が低下していることなどから、マスクを装着することに一定の効果があると信じております。
・パンツを履くことが常識になっているように、今はマスクをつけることが世の中のルールになっています。
予めルールが提示されている場所で自己主張するのはナンセンスだと思いますので、その場その場の施設のガイドラインに従うことが大切だと思います。
・一方、会場側の責任としてはその「ガイドラインを明確に説明すること」が大事だと考えております。
私共のお寺では、屋外あるいは坐禅(黙とう)の際はマスクを外していただいて構いませんが、法要参列時はマスク着用を奨励しております。
※ただし、神経過敏や身体的に着用が困難な方は、この限りではありません。
・(話は変わりますが)関東は、エスカレーターに乗る際「左側」に立ち右を空け、関西は「右側」に立ち左を空ける、といった地方ルールがあります。
これも、誰かから教わったわけではなく何となく習慣として引き継がれているのが実態だと思います。
何が言いたいのかと申しますと・・・
ガイドラインは、あくまでもガイドですので…明確なルールが存在しない場合は、自分の頭で状況を把握し「考える」ことが肝要だと思います。
関東のエスカレーターに乗った際、たとえ前の人が右側にいても前後の様子や危険性を考慮し是々非々で対応することがベターだと思います。
マスクも「炎天下では外す」ということを、一考してみてはいかがでしょうか。というお話しでした![]()
【次回の「月例坐禅会」は、8月1日(月)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】
※坐禅堂が会場の場合でも、イス坐禅に対応しております。

今朝は、未明からしとしと雨が降っておりました![]()
にもかかわらず、初めて参加してくださった方も含め12名の方にご参加いただきました。(※初参加の方は、去年のお化け屋敷イベントでゾンビ役をやってくれた男性でした
)
坐禅後「朝のおつとめ」として、皆さまの無事息災とご先祖様への供養としてお経を唱えます。
その後、お時間のある方は「茶話会(さわかい)」といって本堂でお茶をお勧めいたします。
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さて本日ご参加いただいた皆様には、特別な贈り物をいたしました![]()
それは、「参禅要典(さんぜんようてん)」というお経の本です。
この経典は、九州に住む私の従兄弟が送ってくれたオリジナルの経本です。
一乗寺先代住職である父の出身地は、長崎県の鷹島(たかしま)という島です。
現在、この鷹島にある「永光寺」という曹洞宗寺院の副住職が、修行時代の先輩であり、私の従兄弟(父の兄の長子)にあたる浅岡俊孝師です。
師が会長として在籍していた「長崎県北曹青会」様にて、日々の読経や特別な所作・偈文などを丁寧にまとめられた経典が発行されました。(令和元年10月1日初版)
参禅者必携の経本が出版されたという報は、全国曹洞宗青年会の会報誌などで漏れ伝わって参りましたが、、実際に手に取って拝読いたしますと、その綿密さと読みやすさに感服いたしました。
比較的大きな字には全てフリガナがつき、坐禅の際、巡回する直堂(じきどう)の順路を図解で表記するなど、随所に工夫が施されておりました。
茶話会の際には、思わず・・・
「この五十七佛というお経は、仏教を伝えた祖師方の系譜で…」や
「いつも私のみ代表でお唱えしている回向(えこう)というのは、この部分でこういう意味が…」と、本をめくりながら少しだけ講義の時間になりました^^;
経典の素晴らしさもさることながら、
あとがきの一節がまた印象に残りました。
『新時代を迎え、寺院の在り方や求められる青年僧侶の姿も少なからず変化していくことでしょう。その様な中においても私達は仏祖の教えに習い歩んで参ります。(一部抜粋)』
お寺の場所は離れていますが、同じ道を志す青年僧として、これからもご教導のほどよろしくお願いいたします![]()
この場をお借りして、一言御礼を申し上げます。ありがとうございました。
※当該経典は、まだ若干数予備がございますので、本日ご欠席の方・ご興味がある方にはお配りいたします。
※坐禅堂が会場の場合でも、イス坐禅に対応しております。
【次回の「月例坐禅会」は、7月1日(金)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】
🌞暁天(ぎょうてん)とは、明け方の空という意味で、
今朝も早くから、月例坐禅会を行いました。
数日前から静岡地方は、30℃を超える日もあり、梅雨が明けたかのような錯覚を覚えるほどです![]()
日中は、暑い日もありますが…朝はまだまだ過ごしやすく坐禅を組むにはちょうど良い気候といえます。
今日は、そうした背景もあり(いつも坐禅を行なっている)本堂ではなく「坐禅堂(経蔵)」にて開催しました。
初めてこのお堂で坐禅をされる方もあり、最初は少し慣れない様子でしたが…皆さまそれぞれに落ち着いて坐っておられました![]()
また、坐禅堂の「正式な入り方」や「単と呼ばれる畳への上がり方」なども指南いたし、皆さま真剣な眼差しで行じていただきました![]()
これから、雨の日や情勢を見ながら会場の変更等もあろうかと思いますが、案内の立て看板を出しておきますので、お気軽にご参加いただければ幸いです。
※坐禅堂が会場の場合でも、イス坐禅に対応しております。
【次回の「月例坐禅会」は、6月15日(水)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】

去る15日早朝、坐禅会を行いました。
ここ一カ月というもの、公私共にとても忙しく…日々の法務に加え「永平寺のお手伝い」から「仏前結婚式の司会(と余興^^;)」、そして「法類御寺院さまの晋山結制」という特別な行事が続きました。
15日も、朝から出張があったので坐禅会をお休みにしようかと思ったのですが、、
「なぁに、わしらでやるよ!」という長老の一声で、参加者による「セルフ坐禅会」を行いました。。
ただ、こういう時に限って…初めて参加してくださった方が3人もおられ、ちゃんとご挨拶ができず申し訳ございませんでした。
本来ならば、坐禅のやり方をレクチャーしてから坐っていただくのですが、急に始まり戸惑われたことかと存じます。
幸いベテラン参禅者の方の機転により、(小学生さんを含む)初参加の方にご案内をしていただいたようです。
後日、初参加者の方から『やさしく教えてもらいました』という感想を頂き、ホッとひと安心したところでございます(*´▽`)![]()
これからも皆さまのお力添えを賜りつつ、事前のご案内が疎かにならないように気をつけたいと思います<(_ _*)>![]()
そんなわけで、、、
【次回の「月例坐禅会」は、6月1日(水)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】

1日早朝、月例の坐禅会を行いました。
前晩30日に他県より帰山し、何とか朝のおつとめに間に合いました![]()
と申しますのも、、
去る4月22日から29日まで、福井県の永平寺に出向していたのです。
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曹洞宗の大本山永平寺では、毎年4月末の一週間「報恩授戒会(ほうおんじゅかいえ)」が行われます。
お授戒といわれるこの行持は、お釈迦さまから代々受け継がれた「戒法(かいほう)」を参加者の皆さまにお授けする伝統的な儀式です。
参加者の方は「戒弟(かいてい)」と呼ばれ、一連の法要や禅の作法を通して仏教徒として正しい生き方を学ぶことが出来ます。
戒を授けてくださいますのは「戒師大禅師さま」で、永平寺の御住職で在らせられます南澤不老閣猊下です。
戒律(かいりつ)と一言で言い表しますが、厳密には「戒」と「律」とは違います。
律は、仏教徒(出家者)が修行生活の秩序を保つために守るべきルールのことです。
ルールですから、これを破ると罰則があります。
一方、戒は出家・在家を問わずお釈迦さまのお覚(さと)りに自ら随い、仏の子として正しく生活するための規範です。
仏さまの示された正しい生き方とは、例えば「生き物を殺さないこと」「嘘をつかないこと」「盗みをしないこと」「怒りに身を任せないこと」「人の過ちをせめないこと」など、どれも意味を知れば分かりやすいものばかりですが・・・実際にすべてを忠実におこなうことは、容易なことではありません。
知らない間に小さな虫さんを踏んでしまったり、無意識のうちに人を傷つける言葉をかけてしまうことも多々あります。大それた犯罪を起こさなくとも、私たちは生きている限り大なり小なりの罪科を生み出しています。
知らず知らずのうちに積もった罪科を「懴悔(さんげ)」し、正しく生きようと志を新たにするのがお授戒の意義であります。
戒の言語は「シーラ(sila)」ですが、この言葉には「習慣化した」行為、という意味もあります。
戒は、自らを律し自ら仏になる生き方の第一歩であるといえましょう。
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冒頭に述べた戒法とは、お釈迦さまや祖師方が護り実践されてこられた生き方そのものです。
この戒を守って生きることは「仏への道」を歩むことであり、同時に「仏の道」を生きることに他なりません。
お授戒に参加される戒弟さんには「血脈(けちみゃく)」と「戒名(かいみょう)」が授与されます。
血脈とは、釈迦牟尼仏に始まり28世中国に伝えし達磨大師、51世日本に伝えし高祖道元禅師、54世世々に広めし太祖瑩山禅師を経て、88世戒師大禅師さまよりお一人お一人に至る正式な仏弟子としての系譜です。
戒名は、その仏弟子としての名前です。仏教寺院の多くは、葬儀の際にこの戒名を授けますが、生前に戒名を頂くこともできます。その場合は、残りの人生をこの名のように生きなさいという意味が込められています。
このように授戒会は、厳粛な雰囲気の中で古式に則り執り行われます。参加者の方は修行僧の日課に準じ、多少の緊張感の中にもお仲間と励まし合い、ご無理なくお務めいただいております。
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戒師大禅師さまと共に、重要なお役目を担う老師が二人おられます。
戒文を教えてくださいます「教授師(きょうじゅし)さま」と、戒弟さんを導かれる役の「引請師(いんじょうし)さま」のお二人で「二師」と称します。
今般は、授戒の意義をお説きになられる「説戒師(せっかいし)さま」に一乗寺のご本寺である林叟院老師、教授師さまに大本寺の岡山県洞松寺の堂頭老師がお就きになられました。
そうしたご縁もあり、大変僭越ながら不肖某も「二師侍者(にしじしゃ)」というお役目を賜り報恩随喜して参りました。
深山幽谷の僧堂で、3時に起床し3時40分頃より坐禅を組み、様々な法要のお手伝いをさせていただきました。
現役の修行時代から10年以上経ってなお一週間山籠りの生活を送ることは、何ものにも代えがたい貴重な時間となりました。
正伝の仏法に触れ、自分の未熟さを改めて知ることができました。
得難い機会を与えていただいたことに感謝するとともに、学んだことをこれからの人生に活かしたいと思います![]()
#大本山永平寺
▼ https://daihonzan-eiheiji.com/
【次回の「月例坐禅会」は、5月15日(日)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】

今回も、初めて参加してくださった方がありました。朝早くから、ご参加いただき誠にありがとうございました![]()
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去る1日、エイプリルフールの日にこんな投稿をいたしました。
「朝起きたら、家の前にキリンがいました」![]()
…という突拍子もない投稿をしたのですが、実はこれウソではなくて本当なのです(^^ゞ
詳しくお話ししますと・・・お寺の駐車場の一角に、子どもたちが遊べるキッズスペースがあるのですが、この程そこに「約2mほどのキリンさん」がやってきました!
正確に申しますと、背中に乗ることもできるキリンのオブジェで、あっという間に子どもたちに大人気のスポットになりました。
さて突然ですが、ここでクイズです。
問題:「キリンの首はなぜ長いでしょうか?」
・・・
子どもたちにも同じ質問をしてみたところ、次のような答えが返ってきました。
・高い木の上の葉っぱを食べるため
・それを、子どもたちに分けてあげるため
・敵から身をまもるため
と、いろんな答えを出してくれました。
これ、すべて正解です
▼今から何千万年も前に生きていたキリンの先祖は、現在のキリンよりも体が小さく首も長くなかったようです。そのころは、森の中にすみ木の葉を食べてくらしていました。
ところが、やがてキリンの先祖は森を出て草原でくらすようになりました。これはほかの動物、たとえばゾウや水牛でも同じですが、草原でくらすようになると、動物はあしが長くなり体も大きくなるんですね。
草原は広々として見晴らしはいいのですが、逆にそれが敵に見つかりやすいという欠点になります。動物がそこで生きていくためには、速く走ることができたり体が大きくなければなりません。
それで、キリンの先祖も長い足をもつ体の大きな動物に進化していったのです。
草原でくらすようになったあとにも、首の長いキリンとあまり長くないキリンがいたようです。
首の長くないキリンは、水を飲むときに前あしを折って体を大きくかがめなくてはいけません。キリンはとても体が大きい動物です。そのような大きい動物が、水を飲むたびにかがんでいては、猛獣におそわれたときにすぐ逃げ出すことができません。
また、急に立ち上がろうとして、あしの骨を折る危険もあります。このように首の短いキリンは生きていくのにあまり都合のよい体ではありませんでした。
そこでいつのまにか首の短いキリンは絶滅してしまい、首の長いキリンだけが生き残り子孫を増やしていったのです。
つまり首が長くなければ、生きていくことができなかったというわけです。
そのほかにも、首が長いことの長所はいくつかあります。首が長ければ、ほかの動物がとどかないような高いところにある木の葉を食べることができますし、また背が高いので遠くの敵をいち早く見つけることもできて安全なのです。
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先日も子どもたちの前でこのような話をしました。その上で、僕はもう一つこうかもしれないよという考えを伝えました。
それは、もしかしたら「キリンさんは遠くを見ながら大切な仲間を探しているのかもしれないよ」という想像です。
広いサバンナで、一人迷子になった時もすぐに大切な人を見つけられるように、長い首になったのかもしれないよ、と。(ま、人というかキリンですが^^;)
実際、キリンは社会性の高い動物だそうで多くのキリンが一方の方向を向くと、反対方向を向いていた少数のキリンもそれに合わせて同じ方向を向くそうです。
図鑑には、こうした記述が乗っていてこれからも子どもたちはたくさんの知識や勉強をすることになるかと思います。
ですが、いつどんな時だって想像力を膨らませて「もしかしたら、こうかもしれない」と考えることは自由なんだよ。ということを伝えました。
実は、今秋に僕がこのお寺の正式な住職になる「晋山式」という一世一代の儀式があります。
前の住職である父は、就任時に「石造りの五重の塔」をお寺に寄贈しました。
僕も何か記念になる物をと考えたあげく、、このキリンさんを新たにお寺のシンボルとして置かせていただきました。
これから、隣のこども園に通う子どもたちが「無事に帰るかな」「明日も来てくれるかな」と首を長くして待っている、そんな存在になれば良いなと思っています。
また、実はすでにそんな風に地域の皆さんの無事を願う存在がお寺にはおります。
それが、仏さまなのです。
キリンさんは、ここでみんなのことを優しく見守っているよ。そして、お寺の中には、同じようにみんなの幸せを願う仏さまがいるんだよ。
というお話しをしたら、子どもたちはウンウンとうなづいて聞いてくれました。
新年度になり、小学校に上がるお友達もいます。はじめは慣れない環境に戸惑ったり、不安なこともあるかと思いますが、失敗を恐れずのびのびと成長してくれたらと思います。
また、キリンさんも和尚さんもいつでもお寺で待ってるよ!と言って先日の卒園式では、送り出しをしました![]()
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《キリンさんのお名前を大募集しています!》
▼ https://forms.gle/STvf5ZdCVALQ4Anp8
※回答の締め切りは、4月30日(土)まで
【次回の「月例坐禅会」は、5月1日(日)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】

・新年度に入り、新たなお仲間も増えご一緒に坐禅を組みました。
・さて、去る3月24日は、お寺のとなりにある「庵原こども園」の卒園式でした。
よく「お寺の幼稚園ですか?」と聞かれることがありますが、今は静岡市のこども園として運営されています。
元々はお寺の保育所で、一乗寺の二代前・洞慶院の一つ前の住職である丹羽鐵山方丈が、初代の園長でした。
・当時は、境内に保母さんたちの宿舎や木造の教室があり、子どもたちが坐禅堂などで遊んでいたそうです。
※余談ですが当山の坐禅堂には、少し珍しい「輪蔵(りんぞう)」というたくさんのお経の本が入った蔵があります。
この円柱状の経蔵(きょうぞう)は、グルグル回すことができます。これは、チベット仏教の「マニ車」のように回した数だけお経を唱えるのと同じ功徳を得られるという尊い物です。
ちょうど、先日も当時園児だった方が訪ねてこられ「よくこれを回して遊び場にしていたよ」と懐かしそうに語っておられました。
・僕も、かつてこども園の前身の「庵原保育所」に通っておりまして卒園児ということになります。今は、お寺の経営ではありませんが、4年ほど前より私自身「評議員」という形で参画しております。初代園長である祖父のご縁もありますし、何より子どもが好きなので楽しく携わらせていただいております。
・卒園式のあと、特別に年長さんが歌を歌ってくれました。その歌の名前が「にじ」というタイトルで、歌詞がとても素敵だったのでご紹介させていただきます。
♪こども園で過ごした日々は 大切なたからもの
友達とはケンカをした日もあったけれど、ラララ虹が虹が 空にかかって
君の君の 気分もはれて 仲間と出会えて よかった
みんなのことが だいすき きっと あしたは いいてんき
という歌詞を、とても可愛らしい声で元気に歌ってくれました。

・3月16日深夜、東北地方で発生した地震によって被災されたすべての方にお見舞いを申し上げます。
・疫災、戦災、天災という有事に加え、身の回りの様々な悩みが重なると心への負荷が許容を超え健康面に害を及ぼすこともございます。まずは、皆さま自身の身心を第一に考え、日常生活に支障のないようにお過ごしになられることをお勧めいたします。
・僕は、人間の「悲しみを受容できる量」には、人それぞれ限界があると思っています。心の中に、ガラスのコップがあって…感情がある一定の量を越えてしまうと溢れてしまう。つまり、日常生活が送れなくなってしまうということです。
ですから、個々の感情の許容量を把握し、溢れそうになったら一休みしたり、過剰摂取した情報を遮断する必要があろうかと思います。それでも、平和について考えることや、できることはあります。
・仏教では、遺経というお経の中で『世事に参預し好みを貴人に結ばない』という言葉が出てきます。これは、僧侶として時事の政治経済・権力には近づかないようにという教えです。
よって普段はあまり政治問題について言及しないようにしておりますが、昨今の国際情勢は看過できないものがあります。
しかしながら、どちらか一方に肩入れするということは、一方を敵視するということ。これは仏教徒としては、どうなのか・・・という自問自答の日々です。
・あえてすべてを否定的にとらえると、、、
テレビは偏向報道だ。西側諸国の思想あるいは自国に都合のよい話ばかり流している。
一方ネットは、フェイクニュースばかりだ。好きな情報ばかり入手してしまうから、自分の思想を無闇に肯定してしまう。
…こうしたことばかり考えると何もできなくなってしまいます。
・平和を語るには、戦争の状況を正しく理解しなければならないと思っております。
こんな風に生活ができるのも誰かが今守ってくれているおかげであるということに想いを向け、行政機関や国土を守る防人の方はじめ第一次資料に基づく事実を伝えてくださるジャーナリストの方に改めて感謝したいと思います。
非戦を誓う仏教寺院においてどちらかの勢力に肩入れすることは、また新たな火種を生むことに他ならないというご指摘も重々承知しておりますが、ロシアの西の端に接しているのがウクライナならば、東の隣国は日本です。
・私は(私の理解する範囲において/国際法に則り)間違ったことをしている友人には、その間違いを指摘するのが真の友達だと考えます。それを念頭に、双方の国民の方々に一刻も早く平穏な日々が訪れることをお祈りいたします。
そして、私たちのかけがえのない日常を守るためにもできることを模索していきたいと思います![]()
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戦争が終わって平和になるんじゃない。
平和な毎日に戦争が侵入してくるんだ。(谷川 俊太郎)

本日も、月例の坐禅会を行いました。
3月に入り、日の出時間も変わってきたように思います。
いま、苦しんでおられるすべての方にも平穏な朝陽が昇ることを祈念いたします。
今朝は、今なお戦火に怯えて暮らす人々と死傷者を悼み、祈りの読経と焼香を皆で捧げました。
緊迫のウクライナ情勢に対し、思うこと・望むことはたくさんありますが…できることは少ないです。
この無力感にやるせなさを感じるばかりですが、それでも一僧侶として、そして一人の人間として意思表示をしたいと思います。
普段、あえて政治的な発言は控えているのですが、、、今回のロシア軍の侵攻については、看過できるものではないと考えております。
2月28日。ロシアとウクライナの代表団が、初の停戦協議を行ったとの報が入りました。双方結果を持ち帰り、近く再協議を実施。継続して協議していくという見解は一致したそうです。
一刻も早い「対話と交渉による平和的解決」を願うばかりです。
同じ時代を生きる者として。

・本日2月15日は、お釈迦さまが亡くなられた日(涅槃に入られた日)です。
お釈迦さまは、およそ2,500年以上前のインドで実在したお坊さんです。
・(もともと釈迦族の王子であった)お釈迦さまは、35歳の時にお悟りを開かれ「仏陀(ブッダ)」となり、80歳で涅槃に入るまでの間、多くの地域で人々に教えを説いてまわられました。
※お釈迦さまが亡くなったことを「涅槃に入る」といい、そのご遺徳を偲び「涅槃会(ねはんえ)」という法要を営みます。
・生老病死はじめ、人生における苦しみや悲しみにどう向き合えばよいか悩み、長い修行の末「おさとり」をひらきました。
その後、弟子たちと共にインド各地を回り、苦しみの中生きる多くの人々を救う旅を続けて、正しく生きるための様々な教えを伝えました。その最後の地となったのは、クシナガラというところでした。
・いよいよ自分の最期が近いことをお察しになられたお釈迦さまは、沙羅の林のもとに体を横たえ、集まった弟子たちに「自灯明・法灯明」という教えを遺します。
「私の亡きあとは自らを大切にし、これまで私が説いた教えを拠り処として、いつも心を正しく保ち生活するように」と、最後の説法をされ涅槃に入りました。
「出会ったからには、いつかお別れをしなければならない。」・・・「命あるものは、いつかは滅する」という大切な教えを自らお示しになったのです。
・涅槃会には、このお釈迦さまの最期の様子を描いた「涅槃図」を掲げます。
涅槃図には、人間の弟子たちだけではなく、多くの動物や昆虫までもが集まってきて、お釈迦さまの死を嘆き悲しむ姿が表現されています。
・今朝は坐禅会の後に、この涅槃図を拝みながら涅槃会のお経とお話しをいたしました。約250年前から当山に伝わる涅槃図には、様々な仏教の教えが描かれています。
涅槃図を読み解くことは、自分自身の死の在り方を考えることでもあり、死を見つめることは「いま生きてることを見つめ直すこと」でもあります。
▼涅槃図には、決まった構図や描かれるものがいくつかあります。
まずは、真ん中に横たわるお釈迦さまの姿。そして、周りを多くの弟子や動物たちが囲み、悲しんでおります。背景には、満月の下、沙羅の木が立ち並び白い花を咲かせております。その内の一本の枝に、赤い巾着袋のようなものが引っかかっています。
大抵、左上の枝に描かれることが多いのですが、これは「万病を治す薬が入った袋」です。
お釈迦さまが、病で床に臥されたのを聞きつけたマヤ夫人(お釈迦さまのお母さん)は、天界より急ぎ駆けつけましたが、間に合わないと思い…空の上からこの薬を投げました。
残念ながら、母の願いもむなしく、お釈迦さまに届く前に木に引っかかってしまいましたが、、この母の愛を讃え今日でも薬を処方することを「投薬」と呼ぶようになったと言われています。
・お母さんという言葉を聞いて、何かホッとする気持ちになる。悪いことができなくなるような気持ちになる方は多いと思います。僕は、そんな風にホッとできるようなお寺のあり方や空間づくりを常々考えております。
・這えば立て、立てば歩めの親心。子ども時代は、出来ることがだんだんと増えていき、周りにも喜びが広がっていきます。
しかし、老いてくると昨日できたことができなくなり塞ぎ込みがちになってしまいます。でも、そんな時は「まだこれは出来る」というできることを数えるべきです。
やり残したことはないかと自分に問いかけ→あれば、それに向かい全力で取り組むことが命を全うするということに繋がるのだと思います。
・曹洞宗や臨済宗の戒名の頭には、「新帰元」という三文字が入ります。これは、新たに元の場所に帰るという意味です。
一生懸命働いた日の夜に、ポッとまあるいお月様が顔を出し、やさしく照らしてくれるように…人生の終わりには、必ず安らぎの瞬間があると信じております。
・そして、最期はみんな「元の場所」に還っていく。
“ひとたびは涅槃の雲に入りぬとも月はまどかによを照らすなり”
・自分自身の最期に、綺麗な月が出るよう精進して行きたいと思います。
【次回の「月例坐禅会」は、3月1日(火)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】
※坐禅会場は「暖房完備」しておりますが、暖かい服装でご来山ください。

1日は、早朝より坐禅の会がありました。
今回、初参加された方は「WEBデザイナー(CGクリエイター)」を生業とされておられる若い男性の方でした。
当ブログをご覧になりご来山くださったとのことで、‟やっててよかったミニコラム”といったところです^^
偶然にも、坐禅後の法話ではそんなコンピュータの世界で活躍する主人公が登場する「マトリックス」の話をいたしました![]()
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先日、「マトリックス」の新作映画を観てきました。(公開最終日に、すべり込みセーフで入場できました
)
正確な映画のタイトルを「マトリックス・レザレクションズ」と言います。シリーズで言うと、4番目の作品です。
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第1作が公開されたのは、1999年で僕はまだ高校生でした。ちょうど多感な時期ということもあり、社会や学校に対する疑問とこの映画の導入部分で主人公が抱く疑問とが重なり・・・まんまとハマってしまいました^^;
それが高じて、その後大学生になって卒論を書く際「マトリックスの世界観」をテーマの一つに取り上げたほどであります。。![]()
よく、‟イナバウアー”のようなのけぞるポーズが流行ったりもしましたが…ここで、マトリックス・シリーズをご覧になったことが無い方のために少し物語の概要をご説明したいと思います。
(
もちろん、新作のネタバレにならないように)
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・『マトリックス』シリーズでは、高度に進化したマシンが人類を支配するようになった近未来が描かれます。いわゆるロボットの反乱です。
最終戦争で敗れた人類は、特殊な液体の入った「培養カプセル」の中で管に繋がれたまま一生涯を終えることになります。それは、人間の体から発生する電気をコンピュータに供給するためです。
人間の体はカプセルの中から動くことはできませんが、意識は首筋に繋がれたプラグを通じて(人類が最も繁栄していた)20世紀末の世界を再現した仮想空間に接続されています。
この仮想空間の名前を「マトリックス」と呼び、カプセルの中の人間たちは、マトリックスの世界を本物だと信じて生活しており、ほとんどの人間は誰も真実を知らぬまま生涯を終えます。
・ただし、仮想現実のマトリックスから逃れた一部の人類は“ザイオン”と呼ばれる地下都市に潜伏しています。ここは、現実世界に唯一残されている人類の故郷というわけです。
この人類最後の救世主が、キアヌ・リーヴス演じるネオという主人公です。もともと、ネオも仮想空間の住人でしたが、、「真実を知りたい」という気持ちに駆られ、マトリックスの世界つまり培養カプセルから脱出し、マシンとの戦いに挑んでいきます。
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・この映画は、『聞きなれない横文字や専門用語ばかりでよく分からない。』という声を耳にします。
「救世主」とか「機械との戦い」「夢と現実との違い」といった中高生にはたまらない単語がいくつも出てくるのですが、「プログラム」や「ソース」といったパソコンを扱う際に使う言葉もたくさん出てきます。
・新作の「レザレクションズ」という副題は、「復活」という言葉の複数形です。全三部作で機械との戦いに終止符が打たれたように見えたラストから果たしてどのような展開になったのか・・・と、ここから先は皆さん自身で映画をご覧いただければと思います。
革新的なアクションシーンをふんだんに取り入れた『マトリックス』シリーズは、多くの要素や物語からの引用で構成されている作品といわれています。ブルース・リーに代表されるカンフー映画、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』、日本のアニメ、古今東西のあらゆる宗教、神話、哲学、思想と。
映画を観た観客は、それぞれの思想に近いものを感じるよう導かれる仕掛けになっているというわけです。
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・僕の場合はやはり「禅」の思想を感じました。その理由は、第一作の中盤で主人公が覚醒するきっかけとなった「スプーンはない」という教えです。
これは仏教徒のような衣装を身にまとった少年が、仮想世界の中でスプーンを自由自在に空中に浮かせながらネオに語りかけるシーンで、「(目の前にスプーンがあるように見えるけど)本当は何もない。すべて自分の問題なんだ。」という真実を見るための助言をしてくれます。
・禅の言葉にも「本来(ほんらい)無一物(むいちもつ)」=(物事は全て本来空(くう)であるから、執着すべきものは何一つないということ)や、中国が唐と呼ばれた時代の禅僧「薬山惟儼(やくさんいげん)大和尚」が問答で答えた「不思量底(ふしりょうてい)を思量(しりょう)す、非思量(ひしりょう)」という言葉。
これも、非常に解釈が難しいのですが…坐禅中の心の在り方を説いており、「思量しないところを思量する/思わないところを思え」という、いかにも難解な禅的表現であります。
しかしながら、実は現在に至るまで僕はずっとこの言葉に救われておりまして、あらゆる活動やイベントの原動力にもなってます。
・なぜならこの言葉を初めて教えてくださった大学院生の方が、勉強会の際こんなことをおっしゃったのです。
「例えば、ここに赤いペンがあるだろ。私たちは、これを赤いペンと認識しているけれど、ひょっとしたら別の人が見れば、同じ色に見えていないかもしれない。赤いペンではないかもしれない。」というのです。
意訳すれば、
★(当たり前にみえる)目の前の事象に一度疑問を投げかけることで、そのものに無限の可能性や新たな価値を生み出すことができる。
※そのために、まず目の前の現実や時空を正しく認識しなければならない。心に浮かんだ思いに気づき、受け流すという坐禅の時間を大切に実践行を続けなさい。
という理解をしております。
・上記の内容は、一見難しくて日常生活に関係のない話に聞こえるかもしれませんが、社会生活で何か壁にぶちあってしまったときは、哲学に触れてみたり、それぞれの心の内面と向き合う時間も有効だと思います。
・今日は、ちょっと仏教大学の講義のようになってしまいましたが、何か小さな疑問がきっかけで、心に波紋が広がっていったり「現実って何だろう?」と青臭い疑問を思い出させてくれるのが、マトリックスの魅力なのです![]()
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「スプーンはない」=「空(くう)」という教えを理解する際、つい「空虚」というマイナス面を創造しがちですが、例えば…画用紙に絵を描いていく内にだんだんと書く場所が無くなってきたり、本当はこう描きたいけど引き返せないところまで進んでしまった・・・という経験が誰しもあろうかと思います。
そんな時、画用紙を一枚めくり「新しいページに自由に絵を描く」つまり「人生はいつでもやり直すことができる」ということ。
これが、「執着をしない」という禅の精神につながっている![]()
と、当時24歳の若造が書いた卒論では結んでおります。
※こんな私の卒論に興味のある方は、お寺の本棚のどこかにありますのでご自由にご笑覧ください![]()
あれから、十数年が経ち・・・
雨の日やくもりの日もありますが、心の空を拡げる自由な発想だけは失わずに歩んでいきたいと思います![]()
【次回の「月例坐禅会」は、2月15日(火)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】
※坐禅会場は「暖房完備」しておりますが、暖かい服装でご来山ください。

本日は、新年最初の月例坐禅会でした。
ちょうど「小正月(こしょうがつ)」ということもあり、村では「どんど焼き」も行われました。
【小正月とは】
・かつて日本では、月の満ち欠けを1ヶ月の基準とした「太陰暦(たいいんれき)」を使用しておりました。
・そのため、人々は満月となる旧暦の1月15日に当たる日を‟1年の始まり”である正月として祝っていました。
・これは昔の日本人が、満月をめでたいものだと考えていたことに由来するそうです。
・小正月に対し、1月1日~7日までの期間を「大正月」と呼びます。年始にお雑煮やおせち料理を食べるのと同じく、小正月には小豆粥やお団子を食べて一年間の無病息災を祈念する風習もあります。
お団子ではありませんが、京都の八つ橋を坐禅後の行茶でいただきました![]()
お経の中でも、この一年の健康と地域の安寧を祈り、参禅者の皆さまにご焼香を賜りました。
しばらく、寒い日が続きますが健康第一にご無理なくご参加いただければと思います。
改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします![]()
【次回の「月例坐禅会」は、2月1日(火)あさ5時半~/予約不要・参加無料です。】
※坐禅会場は、暖房完備しておりますが、暖かい服装でご来山ください。